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一 和歌漢訳の形 『薫風濤声-短歌型和歌漢訳と漢歌』より(連載一)

一 和歌漢訳の形
いままでは、和歌はどのような形に漢訳されていたのでしょうか。
和歌漢訳で一番多いのは漢詩型で、ほかに自由型・短歌型・準短歌型があります。

(一)漢詩型
『百人一首』に収録されている次の阿倍仲麻呂の歌が和歌のなかで最も多く漢訳されています。
[原文] 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
漢詩型の訳は、互いに似ている部分もありますが、手元にあるものだけでも一〇種類を超えます。具体例を見てみましょう。

[漢訳一] 
翹首望東天,神馳奈良辺,
三笠山頂上,想又皎月円。     (王暁秋訳)

[漢訳二]
回首望長天,長天月児円。
春日三笠山,明月出山前!?     (張俊彦・卞立強訳)

[漢訳三]
翹首望長天,神馳奈良辺,
三笠山頂上,想又皎月円。     (李正倫訳)

[漢訳四]
長天翹首望,万里一嬋娟。
昔日応相識,初昇三笠山。     (李芒訳)

[漢訳五]
遠天翹首望,春日故郷情。
三笠山頭月,今宵海外明。     (楊烈訳)

[漢訳六]
挙目望九天,神州氷輪現。
宛如旧時月,飛過三笠山。     (潘小多訳)

[漢訳七]
長空極目処,万里一嬋娟。
故国春日野,月出三笠山。     (劉徳潤訳)

[漢訳八]
極目雲海間,神馳三笠山,
当空這輪月,曾在故郷円。     (武徳慶訳)

[漢訳九]
遼闊長天玉鏡昇,仰首遥望動郷情。
猶是当年春日月,曾在三笠山頂明。     (訳者不詳)

[漢訳一〇]
万里長空色紺青,挙頭仰望起郷情。
遥懐今夕春日野,叁笠山巓皓月昇。     (訳者不詳)

[漢訳一一]
回首蒼穹思奈良,三笠山上明月光。     (謝志宇・文渝訳)

 形だけでいえば、最初の八首は五言絶句、次の二首は七言絶句で、最後の一首は七言の一部を切り取った形になっています。
 漢詩型漢訳で古いものとして『新撰万葉集』がありますが、それは翻訳というよりも同題創作といったほうがいいかも知れません。やや近いものとしては北京大学学長を務めたことのある銭稲孫氏の『漢訳万葉集選』があり、最近になって数多くの漢訳集が中国で出版されています。

(二)自由型
自由型に訳されている短歌もあります。字数は自由で、文書体または口語体で、現代風の題材に向いているといえます。
俵万智の「サラダ記念日」は次のように訳されています。

[漢訳一二] 
你説「這個味道真不錯」
於是 七月六日
成為沙拉紀念日     (蔡雅娟訳)

(三)短歌型
内容は勿論のこと、形も短歌に近づけようと、短歌の五七五七七の定型に則って訳しています。次のような訳し方があります。

[原文] 
君が行き 日(け)長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ
[漢訳一三] 
国君在旅中,冉冉多日不回宮。
賎妾盼君帰,欲訪青山去迎君。待到何時見駕臨。     (羅興典訳)

同じく阿倍仲麻呂の歌で、歴史小説『唐風和月』のなかではこのように訳しました。
[漢訳一四] 
蒼蒼天之原 挙頭仰望思故園 神往春日辺
今宵三笠山頂上 一輪明月又中天     (加藤隆三木訳)

口語体の短歌型では次のようになります。
[原文] 
わたつみの 豊旗雲に 入り日さし 今夜の月夜 清(さ)やけ明かりこそ
[漢訳一五] 
汪洋大海上,旗幟般的彩雲中,透射着夕陽。
看来今天的月夜,一定分外地清凉。     (沈策訳)

(四)準短歌型
準短歌型は、短歌型から文字を減らした形になります。五七五七七から句を減らして五五七にするか、さらに五七にするか、短歌の形からそれぞれ二文字、三文字減らして三四三四四にしたものもあります。それは仮名と漢字の情報量を考えて訳したもので、次も阿倍仲麻呂の和歌の漢訳です。

[漢訳一六] 
仰首望長天,疑是昔時月,昇自奈良三笠山。     (李芒訳)

[漢訳一七]
翹望東天月,神馳奈良三笠山,皎月一様円。    ( 鄭民欽訳)

[漢訳一八]
長天漫遥瞩,依稀三笠山頭月。     (楼適夷訳)

[漢訳一九]
挙頭望長天,明月可在三笠山?     (張柏霞訳)

[漢訳二〇]
天蒼茫 仰首遥望 奈良辺
三笠山頭 旧時明月     (松浦友久訳)

和歌漢訳では、いままでは漢詩型が圧倒的に多かったといえます。
(続く)
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